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シャヴオットとペンテコステ

  • Writer: Asher Intrater
    Asher Intrater
  • May 14, 2021
  • 4 min read



ユダヤの伝統では、聖なるシャヴオット(七週の日)はシナイ山でトーラーを授かった日としています。


クリスチャンは、聖なるペンテコステの日を、シオン山で聖霊を授かった日としています。

もちろん、これらは同じ日で、一方は太陰暦で、もう一方は太陽暦ですが、この二つの祝祭日のつながりを理解する事は大いなる霊感が与えられるでしょう。


シャヴオットの字義的な意味は「7の複数」で、7かける7は49で、一方ペンテコステは50という意味です。両方は、過越の祭の間から始まったオメルを数え終わった日に関係しています。

トーラーが授与された日は出エジプト記19:1に書かれており、「第三の月」と曖昧で、「その日」を数える事は正確でない可能性があります。


いずれにせよ、その並列は驚くものです。シナイ山で、YHVHの御使いの臨在である炎と雷の中でトーラーが与えられ、人々は文字通り神の「声を聴いた」(訳者注:英語では「声を見た」と書かれている)それは、メシアであるイエシュアから聖霊が与えられた時、炎が舌のように弟子たちには見えた、かのようでした。(出エジプト記19:18-19、20:18、使徒2:1-4)。


ラビの伝統にも、シナイ山でトーラーがヘブライ語で与えられた時に、それには世界の全ての国を代表する70の言語が含まれていたという事が書かれています。(ミドラッシュ・出エジプト記・ラバー:5:9)エルサレムにいた弟子たちは天から超自然的な「舌」(異言)が与えられ、様々な言語(少なくとも15言語が使徒2:5-11に書かれている)が聞かれ、またそれらは世界各国の言語を代表しています。


別のユダヤの伝統には、シャヴオットの日に命じられている穀物の捧げものについて、それに関係するのが徹夜で、ルツ記を学ぶというものがあります。私たちにとって、この物語は明らかに「新しい一人の人」を指していると考えます。それは、イスラエルの神のオリーブ木に異邦人に接ぎ木されるという事です。これは、ペンテコステの日に世界的な規模で始まるのです。


驚く事に、現代において、シャヴオットは「聖なる日」として取り入れられたのは、キブツ運動からであり(初期のキブツは、大半が非宗教的だった)、今やそれはイスラエルの国の祝祭日となり、パレードや、農作物の最初の収穫をお祝いし、家族が一緒に食事し、フォークダンスを踊り、新しい商業的発明ももたらしてもいるのです。


聖書の物語では、שכינה、シェキナー、すなわち神の栄光の臨在に包まれる事について、3つの段階があるといいます。第一段階はシナイ山に代表されるもので、雲と炎の柱が人々を別の場所へと導きました。第二段階はソロモンの神殿であり、そこでは、神殿が捧げられた時、神の栄光が神殿を満たしたとあります。(第2列王記8:10、第2歴代誌5:13、7:1)。


第三段階はシャヴオット-ペンテコステ時の弟子たちへの聖霊の注ぎで、これもエルサレムで起こりました。それゆえこれら三つの段階は:


1. 離散地での雲と炎の柱

2. エルサレムの神殿での雲と炎

3. エルサレムにいた弟子に聖霊の炎が注がれる

ここから新約聖書は、生ける石から成る霊的な神殿、メシアの御体というメタファーを発展させました。(エペソ2:21-22、1ペテロ2:5


聖霊の注ぎが神殿そのものの「屋上の間」で生じたかについて議論の余地があります。聖書はその点についてはっきり書いていません。弟子たちは、使徒1:13-14では「屋上の間」で「継続的に」集まっていたとあり、使徒2:46では神殿と書かれています。使徒2:2では「家」と書かれており、ギリシャ語では「オイコス」つまり「屋上の間」を意味し、一方ヘブライ語では、家は「バイト(ベイト)בית」それは家または神殿を意味します。


いずれにせよ、シオン山の屋上の間や、モリヤ山の神殿は、互いに数百メートルしか離れておらず、あまり違いはないかと思います。シオンまたはモリヤの象徴的な意味は両方とも一致しています。聖霊の内住は、荒野の柱からソロモンの神殿へ、そして弟子たちの心へと発展していくのです。


もちろん、もう一段階あり、将来の段階では、聖霊が「全ての肉なる者」へ注がれると、使徒2:17に約束されています。パウロはシャヴオット-ペンテコステの日にエルサレムにいたいと強く望みました。(使徒20:16)私たちもこの聖なる日を毎年、世界的な終わりの時の注ぎについて「緊急性を持って」祈るのです。

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