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リーダーシップの孤独な重荷

信念、結果、そして決断を最後まで貫く勇気


ティックーン・グローバル

エルサレム、イスラエル



先週、私は子どもたちのプリムの劇を見に行きました。本来は2週間前に予定されていましたが、最近のイスラエルではよくあるように、イランとの戦争のため延期されていました。そして、子どもたちが衣装を着て舞台に上がり、『エステル記』のあの時代を超えた物語を生き生きと演じるのを見ました。そのよく知っているドラマが展開していくのを見ながら、私は改めて、すべての危機が一人の男の決断から始まっていることに気づかされました。


モルデカイ。


モルデカイはペルシア帝国における無名のユダヤ人ではありませんでした。彼は首都シュシャンに住み、「王の門に座っていた」人物として描かれています(2:19、2:21)。これは、彼が尊敬される官吏であり、影響力のある人物であったことを意味します。そして同時にユダヤ人でもありました。帝国の歴史と政治の重要な局面において、モルデカイは信念に基づいた決断を下します。すなわち、王自ら任命した新しい宰相ハマンに対して、彼はひれ伏すことを拒んだのです。


モルデカイの視点からすれば、それは単なる原則の問題でした。しかし、リーダーの決断は長く個人的なものにとどまることはありません。すぐにその影響は個人の範囲をはるかに超えて広がっていきます。


ハマンの怒りは、単なる個人的な恨みを超えたものへと膨れ上がります。やがて、帝国中のすべてのユダヤ人に対する、今日で言うところのショア、すなわちホロコーストとも呼べる命令が発布されます。


その知らせがペルシア各地に散らばるユダヤ人共同体に届いたときの反応は想像に難くありません。多くの人が、この大惨事がどのようにして始まったのか疑問に思ったことでしょう。そして間もなく、こう説明されることになります。それはシュシャンにいたモルデカイがハマンにひれ伏すことを拒んだことから始まったのだ、と。


多くのユダヤ人が、控えめに言っても彼に怒りを抱いたであろうことは想像に難くありません。きっとこう言う人もいたでしょう。「なぜモルデカイは他の役人のように、敬意のしるしとして新しい宰相にひれ伏すことができないのか。異教の神殿で偶像を拝めと言われたわけでもないのに……そのせいで私たち全員が死ななければならないのか? おかしいじゃないか!!」一人の信念が、突如として民族全体を死の危険にさらしたのです。


この構図は聖書の他の箇所にも見られます。モーセがヘブライ人の奴隷を打っていたエジプト人を殺したとき、彼は道徳的信念に基づいて行動しました。しかし翌日、二人のヘブライ人の争いに介入しようとすると、彼らはこう言います。「昨日エジプト人を殺したように、私たちも殺すつもりか?」


つまり、すでに皆が知っているのです。モーセの行動は共同体全体に広まり、彼が予想していた以上に大きな結果をもたらしました。やがてモーセはファラオから逃れ、亡命せざるを得なくなります。


リーダーシップの瞬間とは、しばしばこのように展開します。信念に基づいて下された決断は、急速かつ予測不能に拡大する結果を引き起こすことがあります。


私たちは現代においても、同じようなことを目の当たりにしています。


現在のイランとの戦争において、トランプ大統領はネタニヤフ首相とともに、2週間前に歴史的な決断を下しました。数十年にわたる対立、脅威、テロ、緊張関係を経て、先制攻撃を行うという決断です。47年間、この対立の影は地域と世界に覆いかぶさってきました。


作戦が開始された当初、最初の数時間は驚くほど成功しているように見えました。体制の最高幹部の数名が殺害され、その中にはハメネイ師自身も含まれており、イラン指導部は大きく揺さぶられました。


しかし、戦争はその初期段階にとどまることはありません。すでにその影響は広がり始めています。世界のエネルギー市場、国際外交、政治的議論へと波及しています。世界中で厳しい問いが投げかけられています。トランプ大統領の政治的支持層の内部でさえ、「我々を何に巻き込んだのか? これはどう終わるのか?」という声が上がっています。


これこそがリーダーシップの重荷です。


リーダーが深い信念に基づいて行動するとき、他の人が避けたがる決断を下さなければならないことが多くあります。そして一度その決断が下されると、その結果を完全にコントロールすることはできません。批判は必ず起こります。疑いが生まれます。あらゆる方向から圧力が高まります。


しかし、リーダーシップには決断する勇気以上のものが求められます。それは、その決断を貫き通す持久力です。


モルデカイはひれ伏しませんでした。


モーセはその召しを捨てませんでした。


そして今日のリーダーたちもまた同じ重荷を担っています。信念に基づいて行動し、その後に続く嵐の中を歩み抜き、その決断が正しかったと信じて最後までやり遂げることです。


それがリーダーシップの真の重荷であり、だからこそ聖書は、私たちに指導者のために感謝し、祈り、とりなすよう命じているのです(第一テモテ2:1-3)。


アメリカとイスラエルの指導者たちのために、改めて祈りに献身しましょう。トランプ大統領とバンス副大統領、ヘグセス国防長官、そして中東における米軍の統合作戦を指揮するブラッド・クーパー提督のために。ネタニヤフ首相とカッツ国防相、そして軍のトップであるエヤル・ザミールのために。


これらの人々は計り知れない重圧の中で、日々重大な決断を迫られています。彼らの健康、家族、睡眠のために祈りましょう。そして詩篇33:10-12にあるように、神ご自身の御計画が彼らの中に堅く立つように祈りましょう。

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